コース途中の景色です。
制限時間2時間30分とハーフマラソンにしては厳しいが俊足の市民ランナーにとってはJALホノルルマラソン、赤穂シティマラソン、吉川なまずの里マラソンに派遣される魅力的な大会です。ただし、それぞれの大会で男女各1名ですが。また、この大会に招待されている選手もおおく、トップランナーの凄い走りを折り返しの手前で目にする事が出来ました。コースは比較的フラット?・・・気になる長めのアップダウンが2か所あったが、一面に広がる黄金色の田園風景。所々に綺麗に手入れされた花壇。舞川・蓬田神楽保存会の応援もあり、力を貰った。エイドも2,5Kmごとにあり、各エイドでスポンジもあり、テーブルも長く、とりやすかった。フィニッシュ後はバナナ、ドリンクの他アイス(アイスがもらえる大会は初めてだったので嬉しかった)もあり、大会参加権(東京マラソンがあたる抽選)、500円の商品券(スポーツ用品、りんご、土産品等テントの種類も多く、どこで使うか迷うほど)等お楽しみも多かった。
今シーズン一番目のハーフマラソン。男女別年齢1歳刻みランキングの対象となる大会なので気合いは入っていたが、スタート時で20度と期待していたほど気温は低くはならず、湿度も86%と私にとっては厳しかった。5Km位まで自分の脚がまるで借り物の棒みたいな感じで違和感がありぎこちない走り。徐々に自分の脚で走っている感覚で走れるようになってきた。また、前日にコースを車で走っていたので身体がほぐれるにつれて気持ちも楽になってきた。何とかキロ6分は切りたい、出来れば2時間を切りたいと思っていたが、微妙な結果・・・2時間3分4秒。女子50歳以上78人中29位。ワースト記録ではなかったらしい。
マラソンコースの第一折り返し地点付近に中尊寺があるのでコースの下見途中、コースを外れて平泉中尊寺へ。月見坂を登りながら八幡堂、弁慶堂、地蔵堂、薬師堂、本堂で小田代神楽の宮鎮舞を見た後、金色堂へ。
奥の建物が金色堂、近代的な覆堂に
覆われているので皆金色の極楽浄土を目にする事は出来ない。写真も撮ることは出来ないので説明のアナウンスを聞いてしっかり目の奥にやきつけてきた。
これは、ネット画像からお借りしました。日本の平安美術の素晴らしさを感じます。
旧覆堂 旧覆堂内
芭蕉さんと一緒に。
白山神社 能舞台の屋根は萱の葺き替えをしていました。
白山神社に茅の輪くぐりがあったのでくぐってきました。参道(産道)をくぐり茅の輪をくぐる事は、生まれたばかりの純心無垢で罪穢れの無い赤ん坊のように清浄な心にうまれかわろうという事を意図しているとあったので。
毛越寺は萩まつりの最中でたくさんの萩の花が咲いていました。
本堂の前で。 境内の中央にある”大泉が池”は、なにしろ広大で落ち着いた佇まい。
かっこう団子(空飛ぶ団子)
渓流の岩場の方からお金をかごに入れて、木槌を打って渓流上にあるお店の人に知らせると、お店の人がロープを操り、かごを店によせ、かごにお団子とお茶を入れて下してくれます。
楽しみにして並んでいましたが、二人位前の人の所で売り切れになりました。かごの中には、「完売です。すみません」の札をいれたかごが下りてきました。
御覧場橋(吊り橋)
年月をかけて出来た見事な甌穴に感動!!
長者滝橋 「竹筋橋 」・・竹の棒をコンクリートで固めて造った橋。全国的にも珍しい。私も初めて知った。
ひっぱりに強い竹の性質と両端から押される力には強いコンクリートの性質を利用したもので戦時中の鋼材不足を補ったものらしい。
世界のガラス工芸品10、000点が並べられています。展示販売や体験工房があります。
猊鼻渓に早く着いたので船着き乗り場付近を散策。出世龍 ・・・猊鼻渓の名前の由来となった鯉の説明がありました。上段にある四角い箱の黒いまるの中に手を突っ込み玉を掴み黄色い穴に入れると澄んだ綺麗な音がします。
因みに私が掴んだ玉は長寿運の玉でした。下段左・紙漉き館の前。下段右・金さん、銀さんの102歳の手形。下段中央・竜門の滝
日本百景のひとつの猊鼻渓で往復葯90分の舟下り。北上川支流の砂鉄川が石灰岩を侵食して出来た約2Kmの渓谷。川岸には高さ約100mの絶壁に奇岩、怪岩がそびえています。船頭さんの話しを聞きながらゆったりと景色を楽しめました。
大猊鼻岩の所で一度舟を降り20分程散策。ここで運玉(5個100円)を大猊鼻岩の穴へ投げ、見事入ると幸運に恵まれると言われています。運・寿・福・縁・願・恋・愛の7種類あり、主人は見事、運の玉が入りました。入ったら、運玉投入認定書がもらえます。
東山紙和紙紙すき館・・平泉藤原文化のひとつとして800年以上受け継いできた独特の技法らしいです。材料のこうぞから紙ができるまでの工程の展示や和紙の販売。紙漉き体験が出来るコーナーがありました。
3億5千万年前の水深50メートルという全国でも最も古い地歴のものが直接見られる。壁面には古生代に生息したウミユリ、サンゴ、三葉虫等の化石が壁面に露出している。また、洞窟内には、化石の他、美しい鍾乳石群やクレバス、エメラルドグリーンの地底湖なども備えていて、見応えもあった。
賢治の心と生き方に触れるミュージアム。東山で技師として働いていた旧東北砕石工場が併設されています。「雨にもマケズ」は、この場所で生まれた。
宮沢賢治と言えば「雨にも負けず・・・・・・」と言う詩を書いた詩人としてしか知りませんでしたが、小さい頃から「石っこ賢さん」と言われるほど石が好きだったらしい事や農林学校を出て困窮した農村を救うべく、石灰に夢を賭け、石灰岩を粉砕して肥料を作る砕石工場で技師として懸命に活動していたという事を知りました。まだまだ、知らない事がいっぱいあるなあ。また、砕石工場の地下を初めて見た事もいい体験になりました。
第一の目的は併設されているレストランで前沢牛が食べられるという事で行ったが、到着時間が少し遅かったためランチは終了していた。ショック!!!
博物館では、フランス、スペイン、インドネシア、韓国などでの牛の鳴き声や牛と人とのかかわりや「牛と鬼」の関わり等の展示もあり、まあまあ楽しめた。